分かりやすいことを分かりやすく伝える。
普通。
分かりやすいことを分かりづらく伝える。
伝え方が下手、もしくは分かりづらい表現をすることが趣味。
分かりづらいことを分かりやすく伝える。
大衆が求めるもの。ただし情報は欠落している。これで分かったものを分かったと思ってはいけない。
分かりづらいことを分かりづらく伝える。
伝え方の改善により理解の深度を上げられる余地あり。
分かりづらいことを分かりづらいまま伝える。
誠実。
社会人になってから将棋を勉強し始め、ちょうど2年くらいで将棋ウォーズ初段になることができたので振り返ってみました。
小学校高学年くらいのときに将棋の基本的なルールを覚えました。何をきっかけに覚えたかは忘れてしまいましたが、学校の図書室に入り浸っている時期があったので、そのときに本棚で見つけた本がきっかけだったかもしれません。
今から振り返ると、だいたい10級くらいの棋力だったかなと思います。当時はルールを覚えただけで戦法も囲いも何も知らないまま指していました。対局相手はもっぱら学校の友達でした。友達もルールを知っているくらいだったのであまり負けることはありませんでした。
学校の友達以外では、たまに会う自称初段の祖父にも指してもらっていました。2枚落ちで善戦はするものの負けていました。祖父とはそんなにたくさん会話をした記憶がないのですが、将棋のおかげで言葉ではないコミュニケーションができていたと思います。祖父は一回も勝たせてくれないまま、自分が中学2年のときに亡くなりました。たぶん今指したら勝てると思う。
学校に盤と駒を持っていくのはルールで禁止されていたので、授業の一環のクラブ活動の時間に指していた他、図画工作の授業で余った厚紙を使って自分で盤と駒を作って遊んでいました。その厚紙の残りでミニチュア版を作ったり、折り紙をつなげて巨大な将棋セットを作ったりしたのも楽しかったです。
中学生になると対局相手もおらず、忙しくもなったので将棋はしなくなってしまいました。
この頃の話はだまさんの将棋Podcast番組「将棋がしたい」のゲストに呼んでもらったときにも少し触れたような気がします。
(今思えば、よく「昔ちょっと遊びで将棋してました〜」くらいでゲスト出演に手を挙げたな...)
その後、15年くらいがたった2022年5月、福岡にある廃校利活用施設の「いいかねPalette」というところに行きました。書き始めるときりがないので詳細は省きますが、元をたどるときっかけは「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」というPodcast番組です。この番組のパーソナリティの一人である樋口さんがこの施設の運営企業の代表でした。
樋口さんは将棋が大好き。自分がいいかねPaletteに行った日の夜、樋口さんが突然将棋盤と駒を手に持って、
「誰か将棋しませんか?」
と。小学生以来指していませんでしたが、緊張しながら恐る恐る手を挙げました。
そして、ぼこぼこにされましたw
どんな戦型だったかとかも忘れました。樋口さんの棋力は2級。勝てるわけがなかったです。
このときのことはいいかねPalette旅行記という形でPodcastで話しました。だいたい時系列に添いつつ、思い出した順に起きたことを話しているだけなので、聴いてもおもしろくないかもしれないですが。
その後、負けたことが思った以上に悔しくて将棋を始めました。もう帰りの飛行機から始めました。たしか最初にインストールしたのは「将皇」というアプリでした。飛行機の中でネットがなくてもコンピュータと指せるからです。
帰宅後にこんなツイートをしました。
paletteから帰ってきて一番の行動変容は、将棋を始めたこと
— せんちゃん (@thousan_da) 2022年5月9日
そしたら不思議なことが起きました。
最も有意義な変容ですね。マジでPaletteやっててよかったと心から思いました。
— 樋口聖典(いいかねPalette/コテンラジオ/新型オトナウィルス/愛の楽曲工房/ギチ) (@HiguchiKi) 2022年5月9日
7六歩。
Twitter上で「タイキョクカイシ」。リプライで1手ずつ指していく、Twitter将棋が始まりました。え?なにこれ??
最初に勉強した戦型は「矢倉」でした。最初にどんな戦型を勉強するか調べていく中で、「矢倉は将棋の純文学」「矢倉には将棋に必要なものが全て詰まっている」というのを知り、最初はここから始めようと思いました。プロ棋士の居飛車採用率が高いというのもありました。
約1か月で基本的な形を覚えて、棋力は6級になっていました。
樋口さんと始まったTwitter将棋は、シュウさんという方が逐一盤面を可視化してくれるようになりましたw
戦型は 樋口さんの右四間飛車 vs 自分の矢倉 です。
カイジ? https://t.co/NDdsHTyb89 pic.twitter.com/4lRIwtel0P
— シュウ(坂元 修一) (@sakashushu) 2022年5月17日
3級までは月に1級ずつくらい昇級していた記憶があるので、5月中に6級になり、その後7月までに4級になっていたと思います。
5級くらいのときに、戦型を変えました。
理由はいくつかありますが、
など、習熟するまでうまく指すのが難しいと感じたからだったような気がします。
新しく選んだ戦法は「四間飛車」です。矢倉で難しいと感じていた点と対照的に、四間飛車には以下の特徴があります。
最初は西田拓也先生の『1手ずつ解説する四間飛車』を読んで定石を覚えました。
藤森哲也先生の将棋放浪記でも最もたくさん指されている戦型で、いろいろな展開を学ぶことができました。以下は将棋放浪記の「四間飛車」編の再生リストです。2024年6月現在、170本の動画があります。これを全部見るだけでも四間飛車の基本的な形は組めるようになります。
4級までは四間飛車で戦いました。
2022年6月22日、113手でTwitter将棋が終わりました。
有りません。負けました。
— せんちゃん (@thousan_da) 2022年6月22日
実に47日かかりました。1か月半も毎日この対局のことをずっと考え続けるというのは不思議な経験でした。この間、自分の棋力は急上昇していたので、日を追うごとに少し前の自分の悪手に気づけるようになっていくのがつらかったですw
例のごとく、Podcastで感想を話しています。
同年8月に3級になりました。
3級になりました! pic.twitter.com/MnYMEj4bYj
— せんちゃん (@thousan_da) 2022年8月31日
3級の頃、また戦法を変えました。今回は「四間飛車」から「三間飛車」です。
一番の理由は相振り飛車が苦手すぎたことです。いろいろ調べた結果、相振り飛車で一番戦いやすいのは三間飛車と言っている人が多そうだったので、戦法を変えてみました。
また、ノーマル四間飛車は基本的に待ちの姿勢でカウンターを狙うスタイルですが、三間飛車であれば自分からも動きやすいです。
この頃読んだ本は藤倉勇樹先生の 『美濃囲いを極める77の手筋』 です。これを読んだきっかけは、「なんで相手の美濃囲いは堅いのに、自分の美濃囲いはすぐに崩されるの??」と思ったからです。 (今でも思ってるけど)
同年10月、2級になりました。3級までは月に1級ずつくらい昇級していましたが、はじめて2か月かかりました。
やったーーー
— せんちゃん (@thousan_da) 2022年10月27日
2級になりましたーー! pic.twitter.com/6oGQJqSe6x
2級を目指していた3級の頃、以下の3冊の本を買っていました。
一つ目は杉本昌隆先生の 『必修!相振り戦の絶対手筋105』 です。
やっぱりどうしても相振り飛車が嫌いだったようです。これを読んだことで相振り飛車が好きになる、みたいなことはありませんでしたが、全くの未知の世界ではなくなりました。大いなる進歩です。
二つ目は西川和宏先生の 『1手ずつ解説する三間飛車』 です。
それまで四間飛車のときに覚えた定石と将棋放浪記で見た形を参考に、雰囲気で三間飛車を指していたので、若干昇級が停滞したのを機に、三間飛車の定石も把握しておこうと思って読みました。
三つ目は浦野真彦先生の 『3手詰ハンドブック』 です。
言わずと知れた有名棋書ですね。これを買うまで棋書では詰将棋をやっていませんでした。理由は二つあり、将棋クエストの詰めチャレをやっていたということと、自分の負けパターンとして、序盤や中盤で離されて終盤どころではない、という展開になりがちだったことです。
年が明け、2023年5月に1級になりました。始めてから1級になるまでに1年かかったことになります。
2月、3月のスランプを乗り越えて1級になれた
— せんちゃん (@thousan_da) 2023年5月1日
ありがとうございます#将棋 #将棋ウォーズ pic.twitter.com/j5ZDGQexwq
この頃も引き続き三間飛車を指していましたが、石田流を使い始めたことで1級になれたと思っています。金や銀で飛車を詰まされるようなこともよくありますが、刺さったときの攻撃力や左桂が遊びづらいのが魅力です。
また、先手でノーマル振り飛車をしようとすると自分から先に角道を閉じる指し方になりやすいですが、そうすると相振り飛車のときに指しづらいです。また出た相振り飛車。早石田の出だしを選べば、角道を閉じることなく自然に歩を伸ばしながら駒組みをすることができます。
2級から1級への昇級を目指していたあたりから観ていたのが戸辺誠先生のYouTubeチャンネルです。戸辺先生は必ず振り飛車を指してくれるので参考にしやすかったです。
この頃に菜々河流向かい飛車という戦法を知って感動しました。後手の振り飛車で△3三角じゃなくて△4四角とする形があるなんて。見たことがない形になることも多く、自分の力量ではメインの戦法とすることはできませんでしたが、noteやYouTubeを見てすごいな〜と思っていました。
2023年の9月、またいいかねPaletteに行く機会がありました。そこで約1年半ぶりに樋口さんと盤を挟んで対局することができました。このときは2局指して2勝。リベンジを果たすことができました。
そして2024年5月、初段になることができました。始めて2年、1級昇級から1年かかりました。
ついに初段になれた...!
— せんちゃん (@thousan_da) 2024年4月29日
ありがとうございました。
夜中のいいかねPaletteでの樋口さんの「誰か将棋しませんか?」が一昨年のゴールデンウィーク。
ここまでちょうど2年かかった pic.twitter.com/012yA3hASg
初段になるにあたり、戦法としての違いは升田式石田流を使うようになったことです。角交換されてもどう対処すればいいか把握しておくだけで、石田流を組みやすくなるかつより攻撃的な形で動けるのが魅力的な戦法です。
また、相手が四間飛車の場合は金無双急戦など、居飛車も選択するようになりました。元々、初段になったら一度居飛車を勉強しようと思っていたのもあり、たまに居飛車を指していました。
戦法レベルでの細かい違いもありますが、この時期一番成長を実感できたのは、井出隼平先生の 『四間飛車至上主義 実戦で学ぶ考え方』 という棋書を読んで棋譜並べをしたことです。四間飛車至上主義はめちゃくちゃ良書なので、まだ読んでいない振り飛車党の方はぜひ買ってください。
この本には、井出先生の実際の棋譜がたくさん掲載されており、その全ての対局における重要局面の解説が丁寧に書かれています。
自分は以下の方法でこの本を使いました。
けっこう疲れるし時間もかかりますが、これをすることで中盤の混沌とした局面での判断力が上がったと思います。
あと昇段に一番効果的だったのは「「「健康であること」」」です。自分の場合は十分な睡眠を取れているか、心身が元気であるか、によって2階級分くらいは戦績に反映されます。初段になったタイミングは体調の波が健康な方に振れているときでした。これまじで大事。
また、YouTubeでなるるさんという方のゆっくり将棋実況をよく観ていました。今は無いチャンネル (近いうちに再始動される模様) なのですが、ゆっくりの漫才がおもしろくてハマっていました。これのおかげで金無双急戦や、やばボーズ流といった流行りの戦法を知ることができました。また、一回の対局が短いので、同じ動画を繰り返し観て形を覚えたりしていました。
やばボーズ流角交換四間飛車は棋書も買いました。刺されば驚くほど簡単に勝ちになる破壊力がすごい戦法です。
最近はそらさんの将棋実況をよく観ています。そらさんの口癖に「その瞬間がぬるいんじゃない?」というのがあるのですが、これを意識するようになってから終盤の判断力が上がった気がします。
初段になって以降、前々から考えていたように、居飛車を指し始めました。最終的に振り飛車をメインに使うとしても、居飛車と振り飛車の両方の感覚を分かっていた方が良いと考えたからです。
戦績はひどいもので、1級の人にも普通に負けます。特に相居飛車の指し方が驚くほど分かりません。もうちょっと勉強しようと思います... 『四間飛車至上主義』 のように、棋譜並べしながら解説で勉強できる居飛車の棋書でおすすめがあれば誰か教えてください。
今回初段になったのを機に、Podcasterコミュニティの将棋仲間のみなさんと将棋カフェCOBINに行き、お祝いしてもらいました。ありがとうございました。COBIN、とても良い空間だったのでまた行きます。
COBINにお邪魔してきました
— せんちゃん (@thousan_da) 2024年6月25日
楽しかった! pic.twitter.com/atS8fepmEU
予定外に長文になってしまいました。最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
これまでに書いた以外に全期間を通じてやっていたことと言えば、ほぼ毎日将棋ウォーズで3局対局することと、将棋クエストで10問以上詰めチャレを解くことです。
将棋ウォーズは有料会員になっていた時期も何か月かありましたが、1日の対局数の制限が無いことで、むしろ1局も対局しなくなってしまったという経験もあり、今は無料プランです。将棋ウォーズにはお世話になっているので、今以上に自分の将棋熱が上がってきたら対局数に関係なく有料会員なろうかなと考えています。
上述の通りですが、ここからは引き続き居飛車をがんばろう。
改めて、ありがとうございました。
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家族で清潔感に対する感覚に差があると、日常の些細なことがストレスになるという話をよく聞きます。
僕はパートナーよりもきれい好きのようです。例えば洗い物をしてもらったとき、これ汚れ残っているな〜と思ったりすることがあります。でもそれに文句を言ったり、洗い直しを頼んだりすることはしません。相手がいないタイミングでしれっと自分で洗ったり、そのタイミングがなければ見なかったことにしたりしながら過ごしています。無駄な争いはしません。
先日、1つか2つの食器を洗い直していたのですが、そのときふと、洗い物の目的は「食器をきれいにすること」であって「食器に洗剤をつけて水ですすぐこと」ではないんだから、汚れが残っていたら目的が達成されていないんじゃないかなーみたいなこと思いました。
が、その10秒後に本当にそうなのかわからなくなりました。
洗い物の目的は本当にきれいにすることなんだろうか。そのさらに上位の目的は、「その食器を再度使っても体に害がないようにすること」なんじゃないかと。
そう思うと、目視や手で触れてみて汚れが残っていないと思えるところまで洗っている自分よりも、家族が健康に生きられる程度に洗い物をしてくれているパートナーの方が本質的な洗い物をしているのかもしれません。洗い物にかけている時間も僕の方が長いです。
どの位置に視座を置くかによって見える景色が変わり、行動の意味も変わってくるというのを、身近なものから感じた瞬間でした。
一時期、因数分解が趣味でした。
ビジネス畑の方やインフルエンサーが言うような、ものごとを要素に分解して言語化するという意味で使われる比喩としての因数分解ではありません。高校の数学Iで習うあの因数分解です。
こんな感じのやつ。
高校1年生のとき、小学生のときからの友人の一人と、おもしろい因数分解の問題を見つけては "写メ" を送りあっていました。
その頃はまだスマートフォンは普及しておらず、友達との連絡はガラケーでメールでした。なつかしい。
問題が送られてくると、ノートや紙の切れ端に手書きで回答を書き、それをまた写メして「解けたぞドヤ」みたいなことをしていました。
そういえば、データ通信量が多くなると料金が高くつくので、普段から写真は何が写っているのか見えるくらいに低解像度にして送っていましたね。今では考えられないです。サイズが大きい画像を送ってくる人がいると、「データでかすぎ、小さくして」みたいな会話をしていました。なつかしい。
ちなみに先日、この因数分解で遊んでいた友人に、「高校生のときこんなことしてたよね〜」と言ったところ、「覚えていない」と言われました。え。
この「友達と因数分解の問題の写真を送りあって遊んでた」という話は、たまにおもしろ話のつもりですることがあるのですが、いまだにおもしろがってくれた人がいません。だいたい怪訝な顔をされます。なんで?
同僚との会話でも、家族との会話でも、友人との会話でも何でもいいのですが、誰かと話していて相手の言っていることが間違っていると思ったとき、どんな対応をするでしょうか。いきなりそれに対する反論を述べたり、自分の意見を表明しようとしたりしていないでしょうか。
この記事で言いたいことは、「その対立構造は実在していますか?」「相手の言ったことをちゃんと理解していないだけではありませんか?」ということです。
僕はミスコミュニケーションによる対立が死ぬほど嫌いなので、こんな記事を書いています。"ミスコミュニケーションによる" 対立が嫌いなだけで、お互いがお互いの主張を正しく理解した上で、それでも私の意見とあなたの意見は違いますね、という展開になることは嫌いではありません。別に嬉しい気持ちにはなりませんが、そういうことはあるよなと納得できます。納得できない理由でいがみ合っている人たちを見るのは心底嫌気が差します。
子供の頃から、誰かと誰か (例えばAさんとBさん) が対立している場面に遭遇したとき、「僕が聞く限り、AさんとBさんの主張は食い違っていないように聞こえます。Aさんはこの事象のこの側面について話していて、Bさんは別のこの側面の話をしているだけではないでしょうか?」みたいな仲介というか翻訳のような立ち回りをする機会がなぜかたくさんありました。生まれつきの思考特性かもしれないし、育った環境かもしれません。
以下は今適当に考えた例ですが、例えば家族との会話で
家族1「 (ハムスターみたいな小さい動物ではなく) 大きい動物を飼いたいね! (ゴールデンレトリバーとか) 」
家族2「 (大きい動物ってゾウとかキリンとかか...?) そんなの絶対飼えないでしょ!やだよ!」
家族1「なんでよ!前ペット欲しいって言ってたじゃん!」
みたいな会話があったとします。これを横で聞いていたら滑稽に感じますよね。明らかに誇張した例なので、いや、そうはならないだろ、と思うかもしれません。が、普通に仕事をしているだけでも、こういった類のすれ違いには遭遇します。似たようなやり取りを目撃してことがある人も多いと思います。もしそんなの見たことがないという人は、この構造に気づいていないだけの可能性もあります。
ここから本記事のタイトルの話になります。つまり、あなたが当事者として誰かと会話をしていて、相手の言っていることが何か違うなと思ったとき、あなたが最初にするべきはそれに対する反論でも、さらなる持論の展開でもありません。自分と相手の理解度の確認です。まず確実に共通認識が取れているところまで戻ってください。話はそれからです。
それまで積み上げてきた会話の上に、どちらかが何か新しい主張を追加で積むためには、それまでの認識にずれがない状態になっている必要があります。そうしないと、理解されていない主張に対して的外れな批判が発生し、そこにさらに的外れな追加説明がされる、という地獄になります。何回も言いますが、僕はこの状況が本当に嫌いです。
あなたが聞き手のとき、まずは自分が相手の言っていることを理解できているか疑ってください。質問をして、自分の理解度を上げてください。たとえ最終的に批判するにしても、相手が的外れな批判を受けたと感じるようなことを言うのは生産的でないし、無駄に感情を昂らせるだけです。
ちゃんと理解した上で、それでもおかしいと思う箇所があれば、それを指摘してもいいです。ただ、本当に「ちゃんと理解した」ことをどうやって証明できるでしょうか。どこまで理解度を上げたとしても、どこか自分が見えていない側面があり、その部分に基づく意見かもしれないと思いながら、「これまでの自分の理解ではこう聞こえていて、もしそうだとするとこの部分が矛盾するように思うのですがいかがですか?」といったコミュニケーションをする方がいいんじゃないでしょうか。
回りくどいですか?言い方はあなた次第です。スタンスはこうであってくれ。
逆に話し手側のときも、自分がそれまでに話したことが相手に正しく理解されているか、確認しながら話を進めてください。頭の中に浮かんだ順に長時間一人で語り続けないでください。
一度に大量の情報を聞き手に浴びせたとき、聞き手が理解しているか確認するコストは莫大になります。これはソフトウェア開発的なアナロジーで言うと、ビッグバンリリースをするなということです。別の話で言うなら、大量に機能実装をして、後からテストコードを追加するのは大変だろ?ということです。
聞き手の理解が追いついていない状態で主張を話し続けるのはお互いの時間と体力と感情の無駄遣いです。こまめに理解度を確認してください。
また、聞き手から受けた批判が的外れだと感じたとき、反射的に批判に対する批判を投げ返せないでください。聞き手が自分の話をどのように理解したからこのような意見になったのかを確認してください。
ここまで読んでもらって分かるように、このスタンスは話し手と聞き手の両方が実践する必要があります。
言葉で表現してしまえば、やることは簡単です。相手の理解度を確認してください。どちらかが理解していない状況で新しい話を持ち出さないでください。これだけです。
みんなこの考え方で話してくれたらいいのに。
Lisperになりたい
のだが、困っている。
とりあえず『Land of Lisp』という本から始めようと思ったのだが、紙の本がどこにも無い。『Land of Lisp』はCommon Lispの入門書として有名な書籍である。
ちなみに欲しさ順で並べると以下。
物理本はスペースを取るデメリットはあるけど、最近は結局紙の方が読みやすいと思ってるんですよね。
以下は全て、2024年6月15日現在の情報です。
まずは原著の公式サイト。
なんかシュールでポップなMusic Videoがあった。
話を戻して購入ページはここ。
紙の書籍は在庫切れで、電子書籍なら売ってるらしい。
This book is currently out of stock, but the ebook is still available
お値段 $39.95 なり。
ひとつのページに原著と訳書が両方あった。
原著のペーパーバッグ が26,950円。たっっっか。
中古の訳書 が4,722円。定価より高い上に状態がそんなに良いわけでもなさそう。なんとなく買う気にならない。
https://www.amazon.com/Land-Lisp-Learn-Program-Game/dp/1593272812
Kindleが $29.99 で、Paperbackが $45.96 とのこと。一応紙の本があった。今の為替相場だと7000円強か。海を超えて配送される送料も加味するとけっこう高額なお買い物になるな... 一旦スキップ。
次、訳書の公式サイト。O’Reilly Japan。お値段は電子書籍も紙の本も4,180円。
電子書籍はすぐ買えそう。
紙の本は?
書籍のご注文はオーム社サイトへ
ということなので、オーム社サイトへ。
このサイトの中に、以下の5種類の選択肢が書いてあった。
結果は以下の通り。
SOLD OUT
通販サービス自体が終了してる...
すでに書いた通り。
ご注文できない商品
在庫切れ
全滅でした。なんということでしょう。
ちなみにオーム社には常備書店というものがあるらしい。
「ジュンク堂書店池袋本店」と「MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店」は「オーム社 全出版物常備店」というものらしく、ここにはオーム社が現在販売しているすべての出版物が置かれているとのこと。
オーム社が現在販売しているすべての出版物を展示販売していただいています!
ここに行ってみたらあるんだろうか。紙の本がどこも在庫切れとなっている上記の状況でも果たして置いてあるのか。
淡い期待を込めてフリマアプリも覗いてみる。検索結果はちらほらあるけどすでに取引済みで、現在販売中のものは無かった。
全然見つからないな... 紙の『Land of Lisp』 is どこ?
Lisperになりたい。
「この世には2種類の人間しかいない。Lispを書けるやつと、書けないやつだ。」
私はLispを書けない。Lispを書けるようになりたい。きっかけは好きなPodcast番組「ゆる言語ラジオ」のLisp回だ (リンクはYouTube) 。
【検証】40時間Lispを勉強したら信者になれる?【Lisp1】#118 - YouTube
元々いつかは関数型プログラミングのパラダイムを学んでおきたいという思いはあった。一時期Haskellを学んでいたことはあったが、手に馴染む前に挫折した。
そういえば僕はEmacs派だ。EmacsはLisp方言のひとつであるEmacs Lispという言語を使って拡張できる。それならやっぱりLispをやるしかない。
Lispは "list processing" や "list processor" の略で、全ての操作がリストに対するなんらかの処理になっているらしい。Lispのソースコード自体もリストの形になっているとのこと。クールだ。
Lispはその美しさがゆえに「神の言語 (God's Own Programming Language) 」と呼ばれている。Lispはジョン・マッカーシー氏 (John McCarthy) によって "発見" された。開発されたのではない。神が作った言語が発見されたのだ。
Lispはラテン語に似ている。それを母語とする人はいないが、崇高なものとされている。たしかに、初めて勉強したプログラミング言語がLispだという人にも、普段から仕事でLispを書いているも周りで観測したことはない (この世に存在しないとは言っていない) が、Lispはある種の信仰の対象になっている。
以上、ここまで全部伝聞。